ホテルハドソン殺人事件6

ツイッター交流企画『ホテルハドソン殺人事件』参加作品です。

アドラ・アルムニアが私のキャラで、話によりNPC或いは他の参加者様のキャラクターをお借りしています。セリフの一部は公式による提供、または他の参加者様とのキャラロールでのやりとりでいただいたものになります。


ホテル探索【ラウンジ】【歌姫の遺体】【5月29日の新聞】

「あ、アドラさんじゃん」

 呼ばれて振り返ると、今日知り合ったばかりの少年が小走りにやってくるところであった。

「ねえ、聞いてよ~」

 屈託なく話しかけてくる様子には、愛されて育ったものの愛嬌がある。アドラは自然と頬を緩ませて、年若の友人リシュリュー・チェルソムに向き直った。

「さっきラウンジに入ろうとしたら、従業員に止められちゃってさ~」

 晩餐会の準備中で、現在ラウンジは閉鎖されているらしい。十九時にまた来るよう追い返されたと不満げに唇を尖らせる。だが本題はそのことではないようで、話はその先へと続いた。

「そんでどうせ十九時まで何も予定ないし、次にする悪戯を考えよーっと思って外を散歩してたら霊柩馬車が止まっててさ。何事かと思って観察してたら中から棺が出てきて」

「まぁ、不思議な話ですわね」

 霊柩馬車が棺を乗せて墓所や教会へ向かうのであればわかる。だが、ホテルに棺が届くとは。

 瞬くアドラに、驚くのはまだ早いよ、とチェルソムがベリーのような瞳を細めた。

「その棺、蓋がガラスだったから顔が見えたんだけど、歌姫のベラ・ベネットの遺体だったんだよ」

「かの歌姫の?」

 チェルソムの狙い通り、アドラは一層驚いて、思わずぱちんと扇を閉じた。

 ベラ・ベネットといえば、美しい声でロンドン中を魅了した歌姫だ。歌手業にとどまらず、演劇やオペラの分野でも活躍し、将来を嘱望されていた。一週間前、不幸な事故によりその命が喪われたと報じられ、どれほどの人が悲しんだことか。

 ガラスの棺に、麗しき歌姫の遺体――。

「なんだか、白雪姫の物語を彷彿とさせますわね」

「そのうち、王子様も出てくるかな」

 ふふふ、とチェルソムは悪戯っぽく笑う。

「それで、ホテル内で待ち構えてた白衣姿の男が、棺をラウンジに持って行け~って言ってて」

「そのラウンジは晩餐会の準備中なんですのよね」

「うん。いったい晩餐会で何が起こるのか、気になっちゃってしょうがないよ」

「それは……そうですわね。見当もつきませんわ」

 消えた指輪よりもよほど大きな謎だ。素人探偵としてそう大した成果をあげられなかったアドラには荷が重い。

 答えの出ない思索にふけりかけたアドラとは対照的に、チェルソムは一通り話して気が済んだのか幾分すっきりした様子だった。晩餐会に出席する彼は、十九時まで待てば謎の種明かしを見られる可能性もある。

「そうだ! アドラさんも何か話を聞かせてよ。他に、ホテルで何かなかった?」

「そうおっしゃられましても……今のお話を伺ったあとでは、お聞かせするのを躊躇うほど些細なことしかありませんわ」

「良いから良いから」

 どうやら見逃してもらえそうにない。些細なことはあったんでしょ、とねだられては、邪険にもできなかった。

「三階の廊下のソファに、シワのついた新聞が落ちているのを見ましたわ」

「新聞?」

 案の定、それだけ? と言いたげに、チェルソムはきょとんとする。

 アドラはほのかに微笑んで話を続けた。

「誰かが読んでいたという風ではなくて、包み紙として使われていたようなシワでしたわ。何が包まれていたのか、誰が捨てていったのか、そう考えるとミステリーの気配が感じられませんこと?」

「うーん、言われてみると、そうかも? 三階って言ったら客室しかないフロアなのに、廊下でその新聞の包みを開けたっていうのもちょっと妙だし」

「ええ、それに不思議な符合もありますのよ。丁度このホテルの支配人、ハドソン様の記事が載った五月二十九日のものでしたの」

 見出しは『イーストエンドを中心に流行中の疫病"緋色の花嫁"の研究に、セシル・ハドソン氏が巨額の出資』。緋色の花嫁とは致死性が高く、多量の出血の果てに死亡する恐ろしい病だが、原因が発見される日は近いだろうと述べていた記事の内容を、アドラはかいつまんで説明する。

「ホテルハドソンに、ハドソンの記事……何かの暗号でも隠れてるのかな? 誰かへの合図のために、わざと廊下に置いて行ったって言うのはどう?」

「まぁ! では傍目には面識があると知られてはいけない、秘密のやり取りですわね」

「それか、うっかり拾うと手にインクがべっとりつく仕掛けがあるのかもしれないよ」

「ふふ、そういう仕掛けに心当たりがありまして?」

 益体もない想像を広げて、二人はくすくすと笑った。